日記・コラム・つぶやき

2015年1月 5日 (月)

明けましておめでとうございます

明けましておめでとうございます。
今年もどうぞ宜しくお願い致します。

冬は毎年のように体調を崩します。
この冬は例年よりは好調ですが、やはり辛い時も多いです。

美術館や書店など、行きたい場所がいくつかあるので、
体調の波をかいくぐって少しでも出掛けられたらいいな、と思います。

詩の投稿は続けております。
現代詩手帖に毎月投稿しています。
今回の選者さんに替わってから、一度の佳作をいただいた以外の成果はありません。
へこまず、地道に続けます。

皆様もよい新年を過ごされますように。

2012年7月11日 (水)

金魚

7月3日、金魚を3匹かいました。あかさん(赤)、きなこ(黄と黒)、ぽときん(黒)、と名付けました。

7月7日、朝にきなこが、夜にぽときんが、死にました。

7月8日、あかさんだけで淋しかったので、また2匹かいました。べに(赤)、あずき(黒)、と名付けました。

7月9日、あずきが死にました。

7月10日、べにが死にました。

また、あかさんだけになってしまいました。しばらく、仲間を連れてくることは止めます。あかさんだけ、見守ります。

きなこ、食べるのが好きでした。のんびりしていました。
ぽときん、水草の間を縫うように素早く泳いでいました。忍者のようでした。
あずき、水草に隠れるのが好きでした。ファニーフェイスでした。
べに、水草に引っかかって身動きがとれなくなるような、不器用さんでした。

一匹五十二円の金魚たちは、やはり夜店の金魚のように弱いのかもしれません。水槽の環境は考えられる限りきちんと整えているつもりなのに、こんなに死んでしまうなんて。
死んでしまったものたちは、白沈丁花の鉢に埋葬しました。
お弔いにお香を焚き、白いスプレー菊の花束を飾りました。

金魚を飼うようになってから、動物性の食べ物が苦手になりました。
魚や肉や卵を食べると、考えてしまいます。食べ物はみな死体なのだと、改めて。

あかさん、元気でいてね。

追記:

7月16日、昼にあかさんが死にました。金魚の居ない水槽になってしまった。

2012年1月23日 (月)

風邪っぴきで定期診察に

1月の半ばから、風邪を引いています。
最初は咳と鼻づまりでした。1/12の夜に発熱して、喉の腫れも酷くなり呼吸が苦しかったので、夫が買ってきてくれた風邪薬を飲んだら少しマシになりました。
それからしばらく風邪薬のお世話になっていました。風邪薬は副作用が怖いのであまり飲まない方なのですが、結構効くものなんですね。
ほとんど同時期に、夫も風邪に。二人で風邪薬を消費していました。
今ではだいぶ良くなりましたが、まだ咳と喉の腫れは少しあります。
あまりに咳が酷いので、肺炎まで疑っていました。

今日は精神科の定期診察日です。
最近は比較的体調が安定しています。朝6時前には大抵起きるし、夜もよく眠れます。
診察で話すべき事は、階段恐怖症になっている事と、もう治ったのですが口元がこわばって喋りづらかった事です。

階段が、怖いんです。いつからか解らないのですが、駅などの長い階段を昇降しているとふらふらと目眩のようになって、足を踏み外すのではと恐ろしく、時に立ち止まってしまいます。実際に足を踏み外した事は一度も無いのですが、いつか落ちそうな気がして、ゆっくりとしか階段を歩けません。昔は結構早足で階段使っていたのに・・・。原因も全く思い当たりませんが、今日主治医に話してみます。抗不安薬でも出されるのかな。

口元がこわばって喋りづらかったのはごく最近治ったのですが、暫くの間おちょぼ口でしか喋る事ができませんでした。傍目には特に気付かれなかったようなのですが、あまり口を動かさずにしか喋れず、声が口の中にこもってしまうような感じでした。薬の副作用か、病気の症状か。解りませんが、治ってほっとしました。

もう何年も前になりますが、私は言葉が明瞭に話せなくなった事がありました。あまりに話せず、何を発語しても家族にすら聞き取ってもらえませんでした。その時は、もう一生会話が出来なくなるかと思ってとても恐ろしかったです。
しばらく発語が不明瞭でしたが、友人と会う約束のある朝に起きたら、突然治っていました。
あれは何だったのかな・・・。またそうなったら怖いです。

纏まった文章をブログなどに書いていて、それを読んだ人から「病気とは思えない。詐病じゃないか?」と言われた事もあります。
しかし、残念ながら、私はやっぱり統合失調症のようです。
なぜ文章を普通に書けると、病気じゃないと思われるのかな。病気があったって、文章書ける人は山ほど居ます。
病気だと、怪文書のようなものしか書かないと思われているのでしょうかね。
そんなこと、ないのに。

2012年1月 3日 (火)

明けましておめでとうございます

2012年になりました。今年も皆様宜しくお願いします。

今年の目標は。
今年上旬のうちに、ミニコミ「遊魂」を創刊すること。
文章を沢山書いて、修行すること。
詩も沢山書くこと。
文章を仕事に繋げられるように、努力すること。
です。

頑張ります。

2011年12月 9日 (金)

生活保護を受けています

小説を書き終わってから、かなり腑抜けです。ぼんやりしています。

私は一昨年から生活保護を受けて暮らしています。
なので、日々何かしなければならない事は特にありません。毎日、自由です。
ただ、体調不良で、あまり何も出来ません。今日も読書をしようと試みましたが、集中できずに数ページで止めました。

生活保護に至ったのは、病気(統合失調症)で仕事が出来なくなった為です。
大学卒業以来十年間ほど、転々としながらも会社勤めをしてきたのですが、その間に二度の自殺未遂をしました。
二度とも、直接のきっかけは、仕事でした。
病気があると、会社に行く、という事自体が難しいのです。
朝起きるのが辛い。電車に乗る気力が無い。会社に行っても体が保たない。
どの会社に勤めても、頑張りがきくのは最初だけでした。
勤め始めて数ヶ月経つと、遅刻や早退や欠勤を繰り返し、居づらくなって結局辞めていました。

ならば、頑張り続ければいいではないか。そう仰る方も居るかと思います。
私も、頑張れるものなら、頑張りたかった。自分で稼いで生活がしたかったです。
二度目の自殺未遂の後に主治医から、「しばらく仕事から離れて休みなさい。」とドクターストップをかけられるまで、仕事にしがみついていました。
自分で稼いで生活できる方々が、羨ましいです。
二度目の未遂をして救急搬送される時、救急隊員さんに「お仕事は何ですか?」と尋ねられ、私は混濁する意識の中で「ヘルパーです。」と答えていたそうです。
当時、無職だったのに。そんな時にそんな答えをする程度には、働きたかったのです。無職なのが、嫌だったのです。

生活保護を受け始めて、貧乏ですし、世間からは白い眼で見られますが、精神的にはとても楽になりました。
病状も、だいぶ上向いてきました。以前は一日の大半をベッドで過ごさなければならなかったのが、起きていられる時間が増えました。
それでも、働きたいとは思っています。何か、自分に出来る事があればいいのですが。
何か、無いかなあ。

2011年11月16日 (水)

書くこと、読むこと

小説を書き始めたのですが、今まできちんとした小説というものを書いた事がありません。
二次創作の短編を少し書いた事があるだけです。それは何処にも公表していません。

小説家になりたいと思っていたのは、中学生の時までです。
中学生の時に小説を書いてみようと試みて失敗して、諦めました。
自分の中に、物語の種が何も無いと、思い知ったのです。
それで、小説家というものには絶対なれないと思いました。

活字は子供の頃から大好きでした。
小学生の時に親戚の家で暇になり、その家にあった漢字だらけの漢方薬の事典を読んだりするほど、読む事が好きです。
高校生くらいから、小説よりも学術書や専門書、ルポを読む方が好きになりました。
なので、小説の基礎体力がありません。
文章を書く事には慣れているのですが、物語を書くのは「極彩の黒」が初めてです。

自分が書く文章は、なるべく難解な表現や言葉を使わないのが好きです。
難解な事を書いているうちは、自分の中でそれが噛み砕けていないと思うのです。
できるだけ、ありふれた言葉を使いたい。そう考えています。

読む分には、難しい文章でも大丈夫です。
ただし、むやみやたらと難しい事が書いてあるものは、好きではありません。
必要があっての難解さは、仕方ないと思います。

ああ、ちゃんと自作の小説を仕上げようっと。なるべく易しくね。

2011年11月13日 (日)

小説を書いています

「極彩の黒」というオリジナル小説を書いています。
11/9に構想が浮かび、11/12に第一部まで書きました。今の所、原稿用紙に39枚です。
続きも考えているので、この小説を完成させるのを来年の目標にします。
書いていると楽しくて、眠っている時以外はずっと小説の事を考えています。
自分の中に物語の種があったとは。まだこんな集中力があったとは。とても嬉しいです。

完成したら出版社に持ち込んで、プロの目で見て貰おうと思っています。

小説を書き始めてしまったので、ミニコミ「遊魂」の創刊予定が見えなくなりました。
きっと誰も待ってないから、いいのかな。。