心と体

2015年5月17日 (日)

ロールシャッハテストの結果

2015年4月8日に、かかりつけの精神科でロールシャッハテストを受けました。
臨床心理士さんに結果のレポートをもらいましたので、記録としてブログに載せます。
竹村転子の取扱い説明書とでも思っていただければ。

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ロールシャッハテスト結果
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(1)統制とストレス耐性
慣れている環境や明確と感じる状況で生じるストレスに関しては効率的に処理する能力を有している。
しかし、慣れない環境や曖昧と感じる状況では非常にストレスが高まりやすい。そのような場面では、持っている資質を容易に越えるような精神的な負担がかかることで、ひとつひとつの課題に集中できずに思考・感情・行動が混乱しやすい傾向がみられる。

(2)自己知覚
これまでの対人関係で安心して関われなかったり、傷付く体験が多くあったことで、自分自身を否定的にとらえやすくなっている。
自己像というものがどこか曖昧で漠然と不安を感じており自身の心身について関心をもってはいるものの、否定的なイメージが先行してしまうことで、過度に自分の欠点に目がいきやすく、自分の力を発揮できずにいる様子。

(3)対人知覚
対人場面や社会的な場面において安心感をもって過ごせた経験が少なく、他者に対して協力的な人と思っても急に攻撃的な人のように思えたりと一貫したイメージを持てないことがある。
そのような混乱が繰り返されることで、他者ともっと親密になりたいという気持ちはある一方で、どこか不信感を持ってしまって警戒し、距離をおこうとする傾向がみられる。

(4)思考
課題解決や意思決定にあたり、あまり人に頼らないで、様々な考えを自主的に取捨選択して自分なりの考えを大切にし、物事を実行していこうとする力がある。
一方で、思考の仕方が変わりにくく、柔軟性や可塑性という点でやや弱さがみられる。
また、ときに感情の影響を強く受けて論理的・現実的な思考が難しくなり、空想にふけったり、場合によっては悲観的な考えが頭から離れなくなることがある様子。

(5)情報処理
新しい情報(刺激)に敏感で、目の前の物事を注意深く理解するために細部にわたって自分なりに努力することができる。
しかし、目の付けどころを適宜変えていくことが苦手なところがあり、非本質的なことであっても一度気になってしまうとそれ以外の情報(刺激)を取り入れる方に気が回らなくなり、得られた情報(刺激)に不足や偏りが起こりやすい傾向がみられる。

(6)認知的媒介
通常の状態であれば、状況の理解や判断を適切に行い、行動することができる。
しかし、少しでもストレスがかかる状況下では、急激に不安になってしまったりと感情が大きく動き、その感情の影響によって気付かぬうちに物事を現実的・習慣的に捉えられずに歪めて理解してしまうということが起こりやすい。そうなると、自分や他者、物事の過程や結果を客観的に予測できずに混乱した不適切な判断をしてしまう傾向がみられる。

(7)感情
元々、感情が動きやすいところがある一方で、その感情によって衝動的な行動や言動をしないよう自分なりに内省して感情を調整する傾向がある。
しかし、ときに自分の中で相反するような感情がぶつかってしまったり、自分でもどうすることも出来ないような強い不安や恐怖感、罪悪感などの感情が湧いてくることがあるよう。そうなるとなかなか解決できずにストレスがかかって体調をくずしたり、そのような感情を引き起こしそうな場面からできるだけ距離を置こうとする傾向がみられる。

※総合所見
元々は、感情を適切にコントロールし、物事をしっかりと理解するために細部にわたって情報をみつめて判断し、自分なりの考えをもって行動をしていく資質を有している。
しかし、少しでも慣れない環境や曖昧な状況におかれると、人一倍ストレスが高まりやすく、そのような場面では強い感情が働くも、処理しきれずにその感情の影響から、適切に状況や物事、他者についての理解を進めることに集中できなくなり、理解や判断に歪みが生じやすいところがあるよう。そのような時には、些細と思われるようなことに対しても人から責められたり、裏切られたりするような理解に陥ることがある様子。そのような体験を重ねることで、対人場面や社会的場面に対する恐怖感が強まり、もっと他者と親密な関係をもちたいという欲求がある一方で、不安のほうが強くなってしまい、無力感や孤独感を感じることも少なくない様子。

※今後について
○日常生活において起こるストレス状況で生じる感情や思考の安定のために、薬物療法によってコントロールすることが有効であると考えられる。
○生活のリズムをある程度一定にすることで、ストレスの軽減と心身のバランスを整えることに繋がると思われる。
○ある程度症状の安定ができている状況において、無理のない範囲で少しずつ活動や対人関係の機会を得ることで、ストレス耐性、物事の理解の幅、感情の整理の機能を高めていくことが望ましい。

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占いじゃないから当たるとか当たらないとかではないのですが、当たっています。
インクのシミを見ただけでここまで解るって不思議です。

レポートを受け取って「私はずいぶん淋しい人生送ってきたのかもなあ」と思いました。
この結果を今後にきちんと活かしていきたいです。

2015年1月14日 (水)

言葉にまつわる症状、はやく治っておくれ

現代詩手帖に毎月投稿しています。
投稿原稿はWordで作っています。
手書き文字に強いコンプレックスがありまして、手書きを極力避けています。手紙くらいしか手書きしません。

私は統合失調症なのですが、病気になると予想外の症状が出ることもたくさんあります。

文字が書けなくなったのは、とても驚きました。汚字症というものだと思います。
どんなに必死で書いた文字も、自分でも判読できないくらいに、書けなくなりました。
手に力が入らなかったり、または力が入り過ぎてしまったり、よくわかりませんが、とにかく字が書けない時期がありました。
現在はだいぶその症状が収まっておりますが、名残はありまして、発病前ほどきちんとした文字がまだ書けません。
だから、投稿原稿はワープロで作ります。

話せなくなったこともあります。
何を発語しても、家族にすら聞き取ってもらえないほど不明瞭な発音しかできなくなったことがあります。これは何という症状なのか知りません。
その時には、もう自分は一生会話できなくなるのかもしれないと、絶望しました。
治ったきっかけも不思議なものでした。
友人と会う約束の日の朝、目覚めたら、治っていました。家族にも驚かれました。
よほど友人と会うのが楽しみだったのかもしれません。

読書もさっぱりできなくなりました。
月刊の気軽な雑誌を、次号が出るまでに読み切れないほど、読めなくなりました。
これは集中困難という症状だと思います。統合失調症には付いて回る陰性症状です。
現在でも読書は難しく、10分ほどしか読めないことは多いです。
文字を眼で追っても、意味が自分を素通りする感覚です。
文字は認識できますが、頭に入りにくくなっています。
主治医に相談したら、文字を指で辿りながらゆっくり読むといいのではないか、とのことでした。
そして、無理なら読まないように、とも。

読みたい本がたくさんあります。
私は詩の基礎体力に乏しいので、詩集をたくさん読みたくて、月に数冊買います。
しかし、読むことがなかなかできません。苦しいです。
詩集でなくとも、気軽な小説などでも、読むのが困難です。

いくらでも読むことができた中学生時代の状態に戻りたい、と、切実に思います。
高校に入学した頃から、病気の前駆症状だったのか、読書が困難になってきたので、一番本が読めたのは中学生の頃しかありません。図書館に入り浸っていました。
小学生の頃は、家で読書していると叱られるような家庭だったので、存分には読めませんでした。外で遊びなさいと、叱られてばかりでした。
悔しいです。

たくさんの本を、好きなだけ、深く読めたらいいのに。
病気とは一生付き合っていかなくてはなりませんので、なるべく、もっと、良くなりたいです。

2013年1月22日 (火)

働きたい。けれど。

遅くなりましたが、明けましておめでとうございます。

2011年12月9日のブログ記事
【生活保護を受けています】
http://walk-in.cocolog-nifty.com/blog/2011/12/post-db68.html

に書いた通り、今でも生活保護を受けています。
とても貧乏で生活が苦しいです。周りの人達から白眼視され、友人も減りましたし、実家とも疎遠になっています。

働きたいと、思うのです。
できるかは、解りません。

私の持病(統合失調症)の症状の一つとして、対人緊張が異様に強い、というものがあります。
なので、オフィスワークなどの人との関わりが密な仕事に就くのは避けようと思います。
以前働いていたときは、オフィスワークが多かったのでキツかったです。
今度働くならば、独りの作業がメインになる仕事を選びます。
どんな仕事でも、多少の人間関係はあるのは解っています。なるべくそれが、少なくて済む仕事をしたいです。
具体的には、清掃や倉庫整理などを考えています。

しかし、働くのは恐ろしいです。
二度の自殺未遂ともに、直接の引き金は仕事でした。
今度またそのような状況になったら、本当に死ぬのではないかと恐れています。

自殺とは、本人が勝手に死を選ぶと考えている方もおられるかと思います。
私の実感からすると、死を強迫的に選ばせられるのです。
周囲の人達や、環境によって。
本当のところ、殺されるのと大差はありません。

大学卒業以来、苦し紛れに職を転々とし、今では生活保護に至った私には、周囲の視線は厳しいことが多いです。
「なんで働かないの?」
と幾度となく訊ねられ、時にそれは脅迫のようでした。
働けない、のです。持病が辛すぎて、死が恐ろしすぎて。
死ぬかもしれないと毎日思いながら働く荒廃した精神状態を、解ってくれた人は少ないです。

命懸けの仕事というのは、本来なら警察や消防や自衛隊などを志した人達だけなのではないでしょうか。
現在は、普通の会社勤めすら、命懸けでしている人達がたくさん居ます。
そういう方々からすると、生活保護で暮らしている私のような者を攻撃したくなるのは解ります。
「働いていない」という状態は、貶されることはあっても、褒められることなど一切ありません。
きっと、働くのは、美徳なのでしょう。

その美徳を私も備えられたらいいのに。

主治医には、働いてはいけないと止められると思います。
医師は命を守るのが仕事ですから。

2012年1月23日 (月)

風邪っぴきで定期診察に

1月の半ばから、風邪を引いています。
最初は咳と鼻づまりでした。1/12の夜に発熱して、喉の腫れも酷くなり呼吸が苦しかったので、夫が買ってきてくれた風邪薬を飲んだら少しマシになりました。
それからしばらく風邪薬のお世話になっていました。風邪薬は副作用が怖いのであまり飲まない方なのですが、結構効くものなんですね。
ほとんど同時期に、夫も風邪に。二人で風邪薬を消費していました。
今ではだいぶ良くなりましたが、まだ咳と喉の腫れは少しあります。
あまりに咳が酷いので、肺炎まで疑っていました。

今日は精神科の定期診察日です。
最近は比較的体調が安定しています。朝6時前には大抵起きるし、夜もよく眠れます。
診察で話すべき事は、階段恐怖症になっている事と、もう治ったのですが口元がこわばって喋りづらかった事です。

階段が、怖いんです。いつからか解らないのですが、駅などの長い階段を昇降しているとふらふらと目眩のようになって、足を踏み外すのではと恐ろしく、時に立ち止まってしまいます。実際に足を踏み外した事は一度も無いのですが、いつか落ちそうな気がして、ゆっくりとしか階段を歩けません。昔は結構早足で階段使っていたのに・・・。原因も全く思い当たりませんが、今日主治医に話してみます。抗不安薬でも出されるのかな。

口元がこわばって喋りづらかったのはごく最近治ったのですが、暫くの間おちょぼ口でしか喋る事ができませんでした。傍目には特に気付かれなかったようなのですが、あまり口を動かさずにしか喋れず、声が口の中にこもってしまうような感じでした。薬の副作用か、病気の症状か。解りませんが、治ってほっとしました。

もう何年も前になりますが、私は言葉が明瞭に話せなくなった事がありました。あまりに話せず、何を発語しても家族にすら聞き取ってもらえませんでした。その時は、もう一生会話が出来なくなるかと思ってとても恐ろしかったです。
しばらく発語が不明瞭でしたが、友人と会う約束のある朝に起きたら、突然治っていました。
あれは何だったのかな・・・。またそうなったら怖いです。

纏まった文章をブログなどに書いていて、それを読んだ人から「病気とは思えない。詐病じゃないか?」と言われた事もあります。
しかし、残念ながら、私はやっぱり統合失調症のようです。
なぜ文章を普通に書けると、病気じゃないと思われるのかな。病気があったって、文章書ける人は山ほど居ます。
病気だと、怪文書のようなものしか書かないと思われているのでしょうかね。
そんなこと、ないのに。